トラウマ(PTSD)治療としてのヨガ・瞑想②自分の身体に安らぐ実践
前半の記事では、PTSDの症状として心理療法では改善しなかった「覚醒亢進」と、今ここに存在することの耐え難さに対処するためにとった「生き残りのための戦略」についてご紹介しました。
ここでは、症状の回復を目指してヨガの実践に出会った私の経験と、トラウマ治療としてのヨガの一般的な効果について解説します。
私の体験:身体へのアプローチを求めて
心理療法も受けることで身体の不快感も多少は減りましたが、根本的な解決にはならなかったので、身体からのアプローチが必要だと感じました。
発病前の会社員時代からヨガには縁がありました。発病初期にひどい身体の緊張と不快感を少しでも緩めようと、近所のヨガスタジオにも行ってみましたが。しかし、1回参加しただけで1週間寝込むような状態で挫折したという経緯があります。トラウマに配慮のない一般クラスに参加することはその当時の自分にとっては適切でないことを身をもって知りました。
クラスに通うことができないので、自宅で一人でストレッチ中心のヨガを続けました。ストレッチをしないでいると、身体が痛くて不快すぎて、一日中寝込むような状態になりました。
自宅での自己流での実践にも限界を感じていたので、本格的に指導者のもとで取り組む必要があると分かりました。学生時代に出会った瞑想の先生(プラユキ・ナラテボー師)のご縁で、マインドフルネス瞑想の実践する心理療法の専門家でもあるヨガの先生(松村憲さん)を教えてもらったのをきっかけに、勇気を振り絞って、クラスに参加してみました。
そこで出会ったのが、マンドフルネスを実践するクリパルヨガのクラスでした。
トラウマ治療としてヨガクラスへ
初めてのクラス:「私は私のままでいい」という安心感
はじめてクラスに参加したときのことを今でも覚えています。
「健常者」の人達の中にはいって一緒にヨガができるのかどうか、不安で一杯で参加しました。クラスに参加してみて、感じたことは、
・私も、他の人達と同じように、できる!
・私は自分の身体をケアできる!
・ヨガをするととても気持ちいい!
という肯定的な体験でした。
これは単に肉体的な気持ちよさだけでなく、「私が私のままで存在していい」という自己承認と安心感がベースになった体験でした。
そして、これらは人との繋がりや自分の力を実感でいる体験なので、トラウマの中核となる精神的な苦しみである『孤立感と無力感』から解放される上で、非常に大きな勇気づけになったのだと今では分かります。
これ以来、心理カウンセリング等のこレまでの治療に加えて、週に1回のヨガと瞑想のクラスに通い続けるようになりました。自宅での実践も続けました。
定期的なヨガの効果
初めてのクラスから1年後には、クリパルヨガ教師トレーニングに申し込むことを決めるまでに心身ともに回復しました。
この1年間の定期的なヨガの実践によって、回復した症状を具体的に列挙すれば、
- 完全に断薬できた(睡眠薬、抗うつ剤など最後まで手放せずに残っていたもの)
- 睡眠障害が治った(薬を飲まずに眠れるようになりました)
- 身体の慢性的な痛みと緊張が改善した(今ここに心地よく存在できるようになりました)
- 感情的に大分落ち着いた(上記とも関連します)
- 夫へのDV(怒りの爆発)や、自傷行動(過食、リストカットなど)がほぼ止まった
「自分は自分のままでいいのだ!」という自己肯定感・自尊心が上がったことなど、精神的なプラス作用については書ききれません。
初めてのクラスに通い始めてから1年半後には、厳しいトレーニングも修了して、クリパルヨガ教師として正式に認定されました。
解説:トラウマに対するヨガの効果
この1年間の定期的なヨガの実践で私に起こったことを、馬と騎手の関係で一般的な解説を試みたいと思います(※1)。
私の生存と情動を司るのは、情動脳(大脳辺縁系〜脳幹〜脊椎)です。
私の理性的と意志を司るは、理性脳(大脳新皮質)です。
トラウマの影響を受けた私の情動脳は、生存危機に瀕したような状態を維持して異常な興奮状態(覚醒亢進)にあります。蹄や轡に大きな釘がささって抜けだすことができずに苦しんでいる一触即発の暴れ馬(=情動脳)を想像してください。
一方、トラウマの影響を受けた私の理性脳は、生存を優先させるために、機能が低下しています。つまり、コントロール能力の低い騎手(=理性脳)です。
暴れ馬と、コントロール能力の低い騎手からなる私の心と身体は、暴れ馬のなすがままに常に制御不能の状態で荒れ狂っています。
力ない騎手に、
・「感情をコントロールして、怒りを人や自分にぶつけないように」
・「衝動的に過食や大量服薬をしたくなっても、それに気づいて他の選択をとってみて」
・「不安に襲われてパニックになったら、深呼吸して、身体をリラックスさせてみて」
などと言い聞かせても、暴れ馬の前では太刀打ちできません。むしろ、騎手にそれを求めれば求めるほど、どうにもコントロールできない挫折感と無力感をますます重ねていくばかりでした。
ヨガとマインドフルネスは、この暴れ馬と騎手に直接作用する効果があるのです。
暴れ馬を静める:ボトムアップ(身体→脳)のアプローチ
呼吸・瞑想・動きの3つからなるヨガの実践は、暴れ馬(情動脳の過覚醒)を静める効果があると実証されています(※2)。
- 呼吸と動きを連動させるような身体的な実践により、生理機能と自己制御力を回復させる。
- 今この瞬間の自分の身体の中に心地よくいる、身体の感覚に気づいて(内受容感覚)、それと共にいるというスキルと忍耐力を養う。
- 周りの人と呼吸や動きを合わせることによって、個人間のリズム(集団の中での他者との協調)も回復させる。
機能不全に陥った情動脳の覚醒水準と自律神経の働きをバランスさせて、健全な状態に戻します。
これは、身体という末端から、脳という中心に作用させることから、ボトムアップのアプローチと呼んでいます。
騎手の能力を上げる:トップダウン(脳→身体)のアプローチ
また、今ここに気づくというマインドフルネス(瞑想)を実践することによって、馬に乗りこなす騎手のコントロール能力を高める効果があると実証されています(※3)。
- 身体的な経験(感情も含めて)に気づく能力を高める。
- 瞬間瞬間の自分の身体と経験(感覚)に気づいて、それに合わせて、自分にとって有効な選択をする能力を高める。
- 「私は今身体を労っている」というような自分の身体との健全な関係性を育みながら、主体感・コントロールしているという内的感覚を回復させる。
自分の意志で自分の身体や呼吸をコントロールしていく(I do Yoga:私がヨガをしている)という実践によって、トラウマ体験によって大きく損なわれた自己効力感・自己肯定感・主体性を回復させます。
これは、理性脳から、下部にある情動脳や身体を制御するアプローチのため、トップダウンのアプローチと呼んでいます。
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1年間の継続的なヨガと瞑想の実践によって、コントロール不能な状態の暴れ馬を静めながら、徐々に騎手のコントロール能力も高めていくという、ボトムアップとトップダウンの双方向からのアプローチにより、トラウマによって損なわれた脳と身体の機能が回復したのだと改めて実感します(※4)。
次回は、よく質問される、ヨガとマインドフルネス瞑想の実践と効果の違いについて、私の体験を共有したいと思います。
<脚注>
※1:馬と騎手の関係での説明は、ヴァン・デア・コルク2016の内容を自分の経験からアレンジして、説明している。
※2:トラウマ患者の覚醒水準とPTSD症状の改善に関わる、ヨガと弁証法的行動療法の比較実証研究(8週間の実践)。ヨガグループの参加者は、心拍変動がよって測定される脳の覚醒水準(心拍変動は、自律神経系の健全性、衝動・情動の制御機能のバロメーター)が改善された。(ヴァン・デア・コルク2016より)
※3:深刻なトラウマを負った人でも、ヨーガを週1回、20週練習すると、生理的な自己調整に関わる重要な脳の組織(島と内側前頭前皮質)の活動が増加する。(ヴァン・デア・コルク2016より)
※4:冒頭で説明しているとおり、定期的なヨガと瞑想は、心理療法などの他の取り組みと並行して実践したものであることを明記したい。症状からの回復と新しい生き方の習慣化は、これらの組み合わせと相乗効果によって実現できたと実感している。取り組んだ治療内容については、プロフィールでも一部紹介している。
<参考文献>
ベッセル・ヴァン・デア・コルク著『身体はトラウマを記録する』(2016年)
デイヴィッド・エマーソン他著『トラウマをヨーガで克服する』(2011年)
ジュディス・ハーマン『心的外傷と回復』(1999年)
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