堀桃代の現在までのあゆみ

  • 1979年横浜生まれ、横浜育ち。
    3人兄妹の長女。
    中学から大学まではバレーボール部に所属。
  • 1998年、横浜市立大学の国際関係学科に入学。
    幼少期から感じていた途上国での貧困問題と社会的な不公正を解決したいとの願いからだった。
    学びを進める中で、途上国の貧困問題が、日本での自分の持続不可能な暮らし方によって引き起こされていることに気づき、自分の暮らしを持続可能で平和なものに変えていくことが必要なんだと目覚める。
    そのための具体的なツールとして、再生可能エネルギー(風力や太陽光等)の普及に関心をもち、校内で環境活動を立ち上げて仲間と共に行なった。
  • 2002年、東京大学大学院修士課程(環境学専攻国際環境協力コース)に進学。
    環境活動を通して、情熱だけでは現実は変わらないと痛感し、冷静な思考を身につけて効果的に行動できる人になるために。
    この頃から、再生可能エネルギーを普及する環境NGOでインターンとして働き始め、国際会議や普及啓発のためのセミナーの企画運営に携わったり、事務局の運営を担当する。
  • 2002年7月、大学院1年生の夏休みに行ったタイ農村のホームステイ先で、タイ在住日本人僧侶プラユキ・ナラテボー師により仏教瞑想(気づきの瞑想)に出会い、衝撃を受ける。
    これまでの生きづらさに対して、沢山の自己啓発本を読んで試行錯誤をしてきたが、解決にならなかった。
    これが、本当に自分に必要なものだと感銘を受けた。
    しかし、日本帰国後は、もとの学生生活に戻るばかりだった。
タイ農村のお寺にて
  • 2004年、大学院卒業後は、同NGOのプロデュースするソーシャルベンチャー企業に就職。
    国内での先進的な再生可能エネルギー事業の立ち上げと推進に邁進し、長野や岡山に駐在。
    主として修士論文のテーマでもあったソーシャルファンドの組成・マーケティングを担当しながら、経営企画や企業向け環境コンサルティングにも従事する。
ソーシャルファンドによって建設した風車のタービンの上で
  • 2006年、肩こりなどの不調改善に 会社近くの教室にてヨガを始める
    過労で3ヶ月間の休職を経験した後だった。
    この当時は、慢性的な便秘、冷え、生理不順、アルコールや甘いものの過食など、身体からの悲鳴のオンパレードだったが、わずらわしく思うだけで、気に留めてもいなかった。
  • 2008年(29歳)、複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症。
    全身全霊で、平和で持続可能な社会を実現しようとする最中に、対人関係上の挫折が原因だった。
    すべてを注いできた使命も仕事も同志も一気に失って、6年間の療養生活に突入。
    絶望、重度の鬱、トラウマ反応により、死の淵を経験する。
    効果的な治療に出会えず、当初4年は悪化の一途をたどり、鬱・不眠・不安に加え、処方薬依存・摂食障害・DV加害・自傷行為などを併発する。
    学生時代に出会ったタイ在住のプラユキ・ナラテボー師と日本で再会してサポートを受け、瞑想会にも参加したが、定期的に集える場がなく継続できなかった。
  • 2012年8月、自分の感情も行動も全くコントロールできなくなり、絶望感と無力感で底をつく。
    「このまま死ぬか、それともどんなことでもして回復するか」の選択に迫られる。
  • 2013年、本格的なトラウマ治療を始める。
    日本でも希少なトラウマ・依存症の専門家より、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)、トラウマ・依存症に関する心理教育、マインドフルネスを活用した弁証法的行動療法(DBT)、心理カウンセリングなどを受ける。(2年間で合計約200時間)
  • 2014年、治療の効果で少しずつ出歩けるようになってから、トラウマ・依存症・AC回復のための自助グループのミーティングに定期的に通いながら、12ステップ・プログラムに取り組む(1年間で、合計約350時間)。
    禅僧ティク・ナット・ハンの伝統に基づくマインドフルネス瞑想の実践グループと、ヨガでマインドフルネスを実践するクリパルヨガのクラスに定期的に通うようになる(1年間で合計約250時間)

    実践を通して、これまでの自分が自分の外側に”世界平和”を作り出そうとする一方で、自分や身近な人に対して暴力的であったこと、自分の内側の暴力・怒り・恐れに気づく。自分のトラウマを癒し、自分の内側に平和を作り出すことが世界平和につながる道だと確信する。
    不完全なありのままの自分を肯定していくヨガと瞑想の実践に励まされ、心身の健康や自分らしさを回復する。

    そして、クリパルヨガのクラスで、教師が生徒の存在と体験を肯定してそのままを勇気づける在り方に、自立した非暴力(慈悲)の関係性を育んでいく人としての可能性を強く感じる。
    その方向に自分を変化させようと願ってRYT認定200時間のクリパルヨガ教師トレーニングに参加。
  • 2015年7月、クリパルセンター公認ヨガ教師になり、療養生活の卒業を決意する。
クリパルヨガ教師トレーニングの同期の仲間と卒業の日に(後列右から2人目)
  • 2016年1月、地元横浜・保土ヶ谷にて、ヨガクラスをスタート(ヨガホームの立ち上げ)。
    当初はヨガ指導に興味はなかったが、精神的な実践を支えあえる慈悲に溢れた人間関係の輪、コミュニティ(サンガ)を作っていくツールとして、活用していくことに意義を感じたため。
初めて定員いっぱいになった日のヨガクラス後の集合写真
  • 2016年、ヨガによる身体を通した気づきの恩恵を人生の変化へとマンツーマンでサポートするフェニックス・ライジング・ヨガセラピーの日本で第一回目となる600時間のセラピスト養成トレーニングに参加し、2017年1月に公認ヨガセラピストとなる。
    個人セッションをスタートする。
師匠であり創始者のマイケル・リーと。
ヨガセラピストのトレーニング同期の仲間たちと(前列左端が堀桃代)
  • 2018年8月、39歳の自分の誕生日に、助産院にて無事に第一子を自然出産。
    しかし、出産直後から重度の不眠・恐怖感・フラッシュバックなどを伴う1000人に1人が発症するという産後精神病になり、約1ヶ月の入院を2回繰り返す。
    加療と育児のために、夫の実家の静岡県菊川市に転居。
    退院時に、数年はかかると言われた希死念慮も含む重度の鬱・不安・過覚醒の症状が、退院後の集中的なヨガと瞑想の実践で数週間で劇的に回復半年で完治する。
    実践の効果を改めて深く体感し、社会的に伝えていくことに使命を感じる。
産後精神病から回復した私(2019年)

継続実践

(※2日以上のリトリート参加のみを標記)

  • 2015年5月、ティク・ナット・ハンの教えを学ぶマインドフル・リトリート(4泊5日、プラムヴィレッジ僧侶団指導)
ティクナットハン 式の5つのマインドフルネス・トレーニング(五戒)の受戒を記念して、シスターキンニェムと。法名は、心優和”Kind heart of Peace”)
  • 2016年5月、ティク・ナット・ハンの教えを学ぶマインドフル・リトリート(3泊4日、プラムヴィレッジ僧侶団指導)
  • 2016年12月25日-2017年1月1日、第11回定例コアサンガ・リトリート(7泊8日、タイ・プラムヴィレッジ国際瞑想センター
  • 2017年5月、ティク・ナット・ハンの教えを学ぶマインドフル・リトリート(3泊4日、プラムヴィレッジ僧侶団指導)
  • 2017年6月、マインドフルネス×インナーチャイルド・リトリートin 京都(5泊6日、ティク・ナット・ハン禅師の姪であり、同師認定の瞑想教師であるアン・フーン女史の指導)
ボランティアのヨガクラスの様子@タイ・プラムヴィレッジ
  • 2018年5月、ティク・ナット・ハンの教えを学ぶマインドフル・リトリート(3泊4日、プラムヴィレッジ僧侶団指導)
  • 2019年5月、ティク・ナット・ハンの教えを学ぶマインドフル・リトリート(3泊4日、プラムヴィレッジ僧侶団指導)
息子の優太(8ヶ月)の初めての瞑想リトリート
  • 2019年12月25日-2020年1月1日、マインドフルネス・ホリデイ・リトリート(7泊8日、タイ・プラムヴィレッジ国際瞑想センター)
初めて家族で参加したタイでのリトリート(前列左側)